学短信 -Nr.8- (2004.1.16)

晴れた日のドナウ(撮影:糸井さん)

1月某日
 ニュルンベルクの芸術大学を出て、絵画やオブジェなどの創作活動を続けているカ トリンの展覧会が始まった。カトリンと、もうひとりの女性との、正確に言えば「二 人展」。今日はオープニングセレモニーがあるということで、マリアとふたり、展覧 会場のあるニュルンベルクへと向かう。二両きりのディーゼル車に乗り込み、うとう ととしながら1時間半。小さな町をいくつも通り過ぎた。
 やがて車窓にペグニッツ川が現れる。暮れかけの空と同じ色をしている。ニュルン ベルクに到着すると、「アデー」と言いながら別れてゆく人たちがいる。それを見 て、ニュルンベルクを中心とするフランケン地方では別れの挨拶に「アデー」をよく 使うのだと、マリアが教えてくれた。この挨拶、ニーダーバイエルン育ちのマリアに は、ややくすぐったく感じられるらしい。
 駅に迎えに来てくれたカトリンと合流して会場へ。会場は、カトリンが在籍してい たニュルンベルクの芸術大学内にある展示用ホール。一足先にフローリアンも到着し ていたのだが、会うなり、ニヤニヤしながら「緊張しているか」と聞かれる。という のも、今日のオープニングにてスピーチをすることになっているのだ。  今回の展覧会の目玉として、カトリンは昨夏訪れた東京の絵を描いた。宿泊してい た代々木のホテルの部屋から眺めた東京である。展覧会のオープニングでは、誰かに スピーチを頼むのが恒例らしいのだが、どうしようかと考えていたちょうどそのとき に日本から現れた自分に白羽の矢が立ったという次第。
 人がだんだんと集まってくる。60人くらいにはなっただろうか。はじめに、学長 がふたりを紹介、その後スピーチとなる。カトリンに頼まれたように、はじめは日本 語で話したのだが、言葉が通じない大勢の人に向けて話すというのは、どうにも心許 ない気分になるものだと知った。ドイツ語でのほうが却って安心して話せたのは、相 手からの反応が伝わってきたからだろう。スピーチ終了後、フローリアンが笑いなが ら肩をぽんぽんと叩いてくれた。
 オープニングセレモニーの後は、マリア共々カトリンとフローリアンの家に泊めて もらうこととなる。ふたりの家はニュルンベルクから車で30分ほどのラウフという 町にある。ここもまた、ニュルンベルクと同様ペグニッツ川のほとりの小さな町(そ して、ドイツは小さな町ほど美しいと思う)。木組みの家にぐるりと囲まれた石畳の 広場を抜けて、開いていた食堂へ。暖炉が燃える店内では、地元のおじさんたちが集 まってはビールやワインを飲んでいる。隅のテーブルにて、あらためてビールで乾 杯。家に戻ってからも、シュナップスで軽く2回目の乾杯。大きな仕事を終えたあと の高揚感からか、皆早口になっている。
 カトリンは、お礼にといって、七年前に描いたというレーゲンスブルクの絵を渡し てくれた。裏にはメッセージ。うれしい。この先、どこで暮らすことになったとして も、この絵を見るたびに、レーゲンスブルクのことも、皆して暖かい部屋の中で何で もない話をしていたことも、きっと、なつかしく思い出すだろう。

1月某日
   今週はずっと雨だった。そのためか、ドナウの水位が上がっている。晴れた日によ く散歩する中州の道も水の底。石橋のたもとには、レーゲンスブルク名物のソーセー ジを出すお店があるのだが、ふだんは屋外席が置かれている場所にまで水が寄せてき ている。それでも、しっかりお店は営業中。このお店、さかのぼれば12世紀頃から 同じ場所に建物があったらしいが、少し水の量が多くなったくらいでは動じないとい うことか。ちなみに、ここのソーセージはほんとうに美味しい。



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