学短信 -Nr.13 (2004.3.29)


イースターうさぎと公園に咲く青い花(撮影:糸井さん)

3月某日
 ロータリーの地区大会に参加すべく、ザクセン州にあるプラウエンという街へ。 ロータリー1880地区は、バイエルン州の中のレーゲンスブルクやニュルンベルク のあたりから(そういうと、ニュルンベルクの人は「バイエルン」ではなく「フラン ケン」だと訂正する)、ザクセン州のドレスデン近辺までを含むのだが、そこに属す るクラブの代表が集まっての会合である。朝、迎えに来てくれたクラブのヘンデル夫 妻に「もうイタリアから戻って来ないかと思ってた」と笑われながら出発。
 会合自体は一日で終わり、そのままバイロイトへ。昨年知り合ったバイロイトの ロータリークラブ員、かつ地区ガバナーであるシュライさんが、よかったら遊びに来 なさいと招待してくださり、会場で落ちあうことになっていたのだ。プラウエンから バイロイトまでは、アウバーンで1時間と少し。このあたりの風景はほんとうに素晴 らしい。遥か彼方まで広がる丘は、もううっすらと緑色だ。
 バイロイトといえば、何といってもワーグナーである。中心部には「ワーグナー通 り」があり、ショッピングモールにも「ワーグナー」の名がつき、学校も「リヒャル ト・ワーグナー・ギムナジウム」。バイロイト音楽祭が開かれる夏にはものすごい人 出だというこの街も、この時期はひっそりとして、落ち着いた風情だ。それでも、会 場となるフェストシュピールハウスでは、もう夏に向けての準備が始まっている。
 ワーグナーゆかりの場所から大学まで、バイロイト中を案内してもらったけれど も、いちばん印象に残っているのはピアノ工房を訪問したことだ。バイロイトには 「シュタイングレーバー」というピアノ工房がある。元はと言えば、1820年頃 チューリンゲンでピアノ製造を始めたシュタイングレーバー家が、1852年にバイ ロイトに拠点を移し、それ以来同じ場所でピアノを造り続けているらしい(今は五代 目だとか)。
 一見したところではとても工場とは思えない、蔦のからまる石造りの古い建物の中 へ。ピアノづくりの修業を始めて3年目というペーター青年の説明を聞きながら、工 房中を周る。ここでは、すべての作業を手で行っている。木材を削ったり、弦を加工 したりする際など、もちろん機械も使うけれども、機械を動かすために人がいるので はなく、人の「手」を助けるものとして機械がある。
 ペーター自身は、すべての作業を自分でこなせるようになるべく修業中らしいが、 大体は各工程に担当の職人がいて、黙々と作業をしている。ハンマーを取り付ける作 業をしていた人に、同行していたシュライさんが「ずっと同じことばかりして退屈で はないのか」と尋ねると、「(退屈かどうかとか)考えたこともなかった」と言う。 奥の部屋からは、最終段階として調律をすべく試し弾きをしているピアノの音が聞こ える。
 見習い中の人、すでにマイスターの資格を取得した人、この道何十年といった風格 の人(以前は日本人もいたらしい)。決して大きいとは言えない工房の中で、それぞ れが自分の持ち場で自分の仕事に、真剣な顔をして取り組んでいる。音楽を生み出す のが楽器の使い手だとすれば、ここは音そのものを生み出す場所か。そして、誇りを 持って「音」を生み出しつづける人びとがいる。
 シュタイングレーバー社ではオーダーメイドも受け付けており、その場合は、ふつ うのピアノのように黒一色というだけでなく、自分の好きな樹皮を選んでデザインす ることもできるらしい。そうした樹皮が集められた部屋も見せてもらった。松、桜、 ブナ、リンゴ、とねりこ、はんのき、クルミにレモン、どれもそれぞれに風合いが違 う。お土産にといって、ペーター青年がクルミの樹皮とハンマーをひとつ、手渡して くれた。
 彼がやがて立派なピアノ・マイスターとなったとき、造り出されるピアノからはど んな音色がするだろうか。

・シュタイングレーバー社ホームページ http://www.steingraeber.de/

3月某日
 イースター(復活祭)が近づいてきた。街の至る所で、色とりどりに塗られたイー スター卵やうさぎを見かける。こちらでは、うさぎがイースター卵を持って来ると考 えられているらしく、「イースターうさぎ(Osterhase)」という呼び名もある。繁 栄や子沢山のシンボルであるうさぎと「復活」のイメージとが結びついたのが、そも そもの起源か。
 サマータイムになったこともあり、最近では、19時近くになってようやく日が沈 む。あっという間に暗くなってしまう時期があんなに長く続いていたのに、いつの間 に、と信じがたい思い。道端には一面のクロッカス。花屋に目をやると水仙やスミレ や鈴蘭が並び、晴れた日には、さっそく薄着になった人びとが外へ繰り出しては、そ こら中で日向ぼっこをしている。ここでは春は一気にやって来るらしい。
 イースターは、キリスト教が布教の過程で、春の訪れを祝う土着の祭りをイエスの 復活と重ね合わせて取り込んだものとされているが、納得できる。まさに生まれ直し の季節と思う。


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