学短信 -Nr.18 (2004.6.10)

石橋の上にて(撮影:糸井さん)

6月某日
 週が明けて急に暑くなった。快晴つづく。大学からの帰り、いつものように公園を 通り過ぎようとすると、そこら中にほとんど半裸の人びとが転がっており、さながら ヌーディストビーチのごとし。人間は日光がよく当たるところに、木陰では鴨が丸 まって気持ち良さそうに昼寝している(鴨が草地で昼寝することもドイツに来て初め て知った)。
 それにしても、皆戸外が好きだ。大学構内でも、この時期は図書館よりも芝生の上 で本を広げる学生が多い。夕方などドナウ岸を歩くと、中洲に集まってビールを飲ん だり、何か食べたり、ぼんやりと川面を眺めたりしているグループをよく見かける。 住宅地も同様。庭にテーブルを持ち出し、ろうそくを灯して夕食をとっている。
 そして、何といってもビアガーデンである。レーゲンスブルクには近郊の村もあわ せると約三十ものビアガーデンがあるらしいが、夜、そのうちのひとつに友人たちと 出かけた。カスターニエの木陰の中、テーブルが並べられ、ビールのジョッキを手に した人びとで満員である。ビアガーデンでは食べ物の持込が自由で、籠に入れて持っ てきた料理をテーブルに広げている人があちこちにいる。日本ではビアガーデンとい うと会社帰りに一杯やっていくというイメージが強いけれども、ここは家族連れが多 い。隅には滑り台やジャングルジムがあって小さい子が走り回り、大人はビール。か と思えば、テーブルにてカード遊びをする若者たちも。
 夕風と木々の匂い。日はまだまだ沈まない。冬の間、「夏に外でビールを飲むのは ほんとに素晴らしい」とよく聞かされたけれども、皆、この季節を待ち焦がれている のだ。よい気分でこの日はビールを二杯飲む。
 ドナウ岸のビール醸造所にもビアガーデンがあるのだが、先日知り合った男子学生 は、そこへ通って醸造所に残る古い資料を調べているのだと言っていた。しかし、連 日薄暗い部屋の窓から見えるのは、陽光ふりそそぐ戸外にて美味しそうにビールを飲 む人びと。泣きそうになりながら資料と格闘しているらしいが、その気持ち、よくわ かる。

6月某日
 レーゲンスブルク近郊には、車で二十分もゆくとロック・クライミングに格好の岩 場が広がっている。知り合いがクライミングの練習をするということで、友人たちと ともに見物へ。車を置き、小川に沿って歩いてゆくと、だんだんと岩場が見えてく る。いちばん上までは三十メートルほどか。既に何人かが岩をよじ登っている。
 ロック・クライミングはドイツではとても人気があるらしい。この日も、リュック を背負った人が次々と現れては、手頃な場所を探して練習している。女性も多い。す ぐ隣りでは犬を連れた女性の二人連れがのぼっていたが、そのうちのひとりは、もう 九年もクライミングを続けているのだと言った。ふだんもトレーニングしているのか と聞くと、とにかく実際の岩場で登るのを繰り返す、それがいちばんとの答え。仕事 帰りに気軽に寄れる距離にこんなところがあるのだから、もちろん、ジムの中よりも 戸外で実践するほうが何といっても楽しいだろう。
 命綱としてハーケンにかけたザイルもあるものの、基本的には自分の手足だけで岩 をよじ登ってゆく。見上げていると首が痛くなる。見物だけのつもりで眺めていた が、「今やらないと次のチャンスはそんなに簡単にはやってこないよ」と言われて、 挑戦することに。既にベテランである知り合いに、ザイルの結び方から専用の靴の履 き方まで丁寧に教えてもらったあと、出発。下から見ていたときは、ほとんど垂直に 近い岩壁をあんなに高いところまで登って怖くないのかと思っていたが、実際にやっ てみると、つかみやすそうな岩や安定した足場を探しながら進んでゆくことに集中す るため、そういったことを感じる余裕がないのだとわかった。そして、淡々と無心に 身体を動かすのは気持ちがいい。気がつくと、あっという間に二十メートルほどの距 離まできていた。はるか下のほう、小さくなった友人たちが手を振っているのが見え る。はるかに広がる丘。森の夕景。その中をゆく小川。空には飛行機雲。絶景。
 それぞれ何度か登ったあと、今日もまたビアガーデンへ。今日のビアガーデンは小 川のほとりだ。クライミング帰りのお客が多いらしく、あちこちのテーブルで、初め て上まで登った人や難しい岩場に挑戦した人のために乾杯している。既に夏の宵の気 配する。


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